夕方になると、義母がキッチンへ向かいました。
冷蔵庫を開けて、食器を並べて、何かを準備している様子。
「今日は何を作るんですか?」と聞くと、
義母は当たり前のように言いました。
「お父さんの夕飯よ。まだ帰ってこないのよね」
でも義父は、1年前に80歳後半で亡くなっています。
私は少し迷いながら、
「お父さん、去年亡くなったよ」と優しく伝えました。
すると義母は少し驚いた顔をして、こう言いました。
「あら、長生きしたのねぇ」
その言葉を聞いたとき、なんとも言えない気持ちになりました。
「もう亡くなったよ」と伝えるべきか迷う
こういう場面、介護している側は本当に悩みますよね。
・伝えた方がいいの?
・毎回説明するべき?
・また悲しませてしまう?
私も最初は「ちゃんと現実を伝えなきゃ」と思っていました。
でも認知症では、
“今”の記憶がうまくつながらなくなることがあります。
そのため、
亡くなったこと自体を忘れてしまう場合があります。
なぜ亡くなった家族を「生きている」と思うの?
認知症では、最近の記憶から抜けやすくなると言われています。
特に長年一緒に暮らしていた夫婦の場合、
「夫がいる生活」が体に染みついています。
だから夕方になると自然に、
・夕飯を作る
・帰りを待つ
・食器を並べる
という行動が出てくることがあります。
これは「嘘をついている」のではなく、
本人の中では本当に自然な感覚なんですよね。
我が家で気をつけていること
以前は、そのたびに
「もう亡くなったよ」と説明していました。
でも、そのたびに義母が悲しそうな顔をすることがありました。
なので最近は、無理に訂正しすぎないようにしています。
例えば、
「今日は少し帰りが遅いみたいですね」
「先にご飯にしましょうか」
そんなふうに、安心できる方向へ話を変えることもあります。
“正しく伝える”より“不安を減らす”
介護をしていると、
つい「正しいことを教えなきゃ」と思ってしまいます。
でも認知症では、
事実を理解することより、安心感の方が大切な場合もあります。
もちろん状況によって対応は違います。
ただ、毎回きちんと説明しようとして、
介護する側が疲れ切ってしまう必要はないんですよね。
最後に
「まだ帰ってこないのよね」
その言葉には、
長年連れ添った夫を待つ気持ちが残っているのかもしれません。
私は最初、切なくて苦しくなりました。
でも今は、
「それだけ大切な存在だったんだな」と思うようになりました。
認知症の介護は、
正解がひとつじゃないから難しいですよね。
だからこそ、
介護する側の心も守りながらやっていけたらと思っています。

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